人力飛行機プロジェクト

人力飛行機プロジェクトとは?

人力飛行機というと,毎年夏に琵琶湖で開催されている「鳥人間コンテスト」を思い浮かべる人が多いでしょう.人力飛行機プロジェクトでは,鳥人間コンテストに参加している「航空研究会」の活動や,卒業研究や大学院研究による鳥人間コンテスト出場機体の科学的サポート,そして人力飛行機の飛行距離世界記録挑戦へ向けた技術開発について学科全体でサポートしています.

例えば,飛行中の空気抵抗を減らすことができればパイロットの運動負荷が減り,飛行距離の増加が目指せます.コクピットまわりの空気の流れや,コクピット内へ取り込んだ空気の流れを解析することで,空気抵抗の低減やコクピット内の暑さ対策などを実現でき,より性能の高い機体を作り上げることができます.また,船橋校舎3号館1階に設置された人力飛行機用シミュレータを使用することで,パイロットの飛行訓練や機体形状の設計に有益なデータを提供することができます.

日本大学での人力飛行機開発の歴史

日本大学での人力飛行機開発は,1963年に故 木村秀政教授が日本人初の人力飛行機開発を当時の卒業研究としてスタートさせたことに始まります.

この当時,飛行機の実機の設計や飛行試験を大学で体験させることは不可能であり,真理を追究する大学としては「もの作り」教育はふさわしくないとする雰囲気がありました.そのような情勢の中,日本大学では  故 木村秀政教授の主導のもと,いち早く実機開発の企画・設計・製作,飛行実験を行う一連の機会を設け,学生たちに提供し続けてきました.例えば,1952年から始まるNシリーズの軽飛行機開発(N-52,N-58,N-62,N-70(モーターグライダー))が挙げられます.

そして1966年には,卒業研究の中で開発された人力飛行機が調布飛行場で初飛行しました.日本大学による人力飛行機が初飛行してから50余年が過ぎましたが,その間,数多くの人力飛行機が学生たちの手により作り出され,大空へと飛翔していきました.その歴史の流れが1977年からの「鳥人間コンテスト」に繋がっているのです.

日本大学で開発された人力飛行機は,これまでに未公認ながら長距離飛行の世界記録を樹立(Stork-B,1977年)したこともあり,現在でも公認の日本記録(49.2 km,Möwe21,2005年)を持っています.また,2010年には富山湾で直線飛行距離の世界記録挑戦,2014年には霞ヶ浦で周回飛行距離の世界記録挑戦など「日大ならでは」の挑戦も行っています.